『小梅日記を読む』 第1回③「ええじゃないか」
- 小梅 川合
- 2025年8月24日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年9月22日
始めて和歌山城下で「ええじゃないか」の噂が起こってから約2週間後、慶応3年12月7日の日記には、あちこちにお祓い(祭祀に用いられる御幣)が降ったことが書かれています。メインのエピソードは湊に住む女性に起こった不思議な出来事ですが、小梅は「真偽は分からない」と言っており、騒動の中でも冷静さを失わない小梅の姿が想像されます。
駿河町、九家ノ丁は今も残る地名で、いずれも小梅が住んでいた所に近い場所です。
この騒ぎに乗じ、紅屋が手拭に「おかげ」などと文字を入れ販売していたことも記され、大変興味深いことだと思います。
高野辺りの大津とは、現紀の川市の麻生津のことと考えられます。


(現代語訳)
慶応三年十二月七日 晴れ
お祓いがあちこちに降ったという。お上が取りに来て渡したとのこと。
まず川舟へ落ちた。ひとつは駿河町の大福屋へ落ち、ひとつは九家ノ丁へ落ちたところ、門前を掃いていた家来が何も知らず、水路へ掃き込んだという。
湊あたりで一人住まいの女性の鉢植えか何かへ落ちたところ、「有りがたい」と想い、まず御神酒を供えようとしたが、蓄えがない者なので、一枚の着物を質屋に持っていき、それで酒を買って祝い、寝てしまった。翌朝見たら、昨日質屋に置いてきた着物が宿に有る。その上、五十両ものお金もあるので、大いに怪しんで、質屋へ行き、すぐさま、かくかくの次第を話すも取り合ってくれない。あれやこれや言っていると、ならば蔵へ行ってみようとなり、着物を置いた棚を見ると着物が無い。お金も無くなっていたので、益々唖然とする。本当のことかどうかはわからない。
紅屋では多くの手拭が染められていて、見ると「おかげ」と紅で書き、御幣を染めたり書いたりして美しくして沢山掛けられていたという。
高野辺りの大津とかいう所へは、綿が降ったという。皆、拾いに行ったと、木村伊斎が言っていた。
この近辺へ降ったお祓いは古い筋のもので、落ちる音がして光っていたのを、大福屋とか大黒屋とかの下女が見たという。
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